2010年07月08日

無意識な潜水服と、意識のある蝶

マイミクさんの紹介で、

「昏睡days」と言う本を読みました。
22歳の時に、くも膜下出血で倒れた有田直子さんの本です。

1か月の昏睡期間を経て、目覚めた彼女。
植物状態になるかもしれない彼女を、なんとかしてあげたい、
と気も狂わんばかりの両親が見守る中、
有田さんは実は、普通の生活を送っていたのです。

普通の生活?
そうなんです、実は夢のようなものを見ていて、
その中で、彼女は普通に大学に行ってバイトに行って友だちと会って、
という生活を送っていたというんですね。

本では、ページの上の方に彼女のその生活、
線で区切られた下の部分に、お母様の手記が載せられています。

なにか兆候に気付けなかったか、手術許可のサインをした自分がいけなかったかも、
と自分をせめる両親

それに対して、
あっけらかんと、普通の生活を送っていた(夢の中で?)有田さん。

その対比が、なんだかおかしい。







有田さんは、それが伝えたかった、とこの本を書かれました。

同じような境遇の方の家族やお友達に、

昏睡状態だからといって、真っ暗闇じゃない、
意識がないからと言って、まったくわからないわけじゃない、
つらく苦しい世界にいるわけじゃない、

お見舞に行っていいのかわからない、という人には、
反応はなくても、わかっているから、ぜひ行ってほしい、と。





この本が、単なる闘病記みたいなものになっていないのは、
その二つの視点からの記述と、
さらに、担当の医師や看護師の、具体的な病状の説明や回復していった状況の説明、
また現場ならではの視点も掲載されていた点です。
そういったことも、すべて当の本人がやっています。

現在も、講演などだけでなく、
たとえば、片手でつけられるブラジャーがあったらいいのに、とか
バリアフリーかどうか事前に分かる情報があったらいいのに、とか
具体的に動いて、働きかけて、実現させていらっしゃいます。












偶然にも、同時期に「潜水服は蝶の夢を見る」という映画を観ました。

ELLEの編集長だった、ジャンは突然脳溢血に襲われ、
一命は取り留めたものの、全身麻痺・右目の視力を失う。
動かせるのは、左目のまぶただけ・・・

意識は正常なのに、体が全く動かせない。
なんでもわかってるのに、それを表現する術がない。
なんて恐ろしい状態。

昔、筒井康隆の短編にそんなのがあったような気がします。
脳だけは生きてて、体はなくなったので、永遠に痛みを感じ続ける・・・というような。
そういうイメージです。

左目のまばたきで、意思疎通ができることになり、
アルファベットを使用頻度の高い順に一つずつ並べ、
気の長い作業を経て、自分の体験を小説にすることにした主人公。

これは本当に根気のいる作業。
ASDFGHというように、アルファベットを読んでいって、
それ!というときに、まばたきをする。
次にまた、ASDFGH・・・とやっていく。
とてもまどろっこしいけど、これしか方法がないのです。

あ〜〜〜〜!!いらいらする!!と思っても、
それを伝える方法はなく、発散する運動能力もない。
だけど、そんな方法でも、誰かに自分のことを伝える方法があるということのすばらしさ。

主人公の、その左目になるカメラワークが、
この暗澹たる状態を表現します。
正直、とても恐ろしいです。
こんな状態に、もしかしてなるんだったら、もう死んだ方がましだと思います。

だけど、実際の当人は、最初はやはりそう思いますが、
そのうち、その「伝える」ことに「生」を見出していきます。

不幸じゃない、とかそんなきれいごとは言いませんが、
それほど不幸じゃないところだってある、くらいは言えるかもしれないです・・・
























私の父も、倒れてから、1か月弱、意識のないままでした。
弟もかけつけ、家族でずっと、ついていました。
考えてみれば、そんなに長いこと、家族がそろって過ごす日々なんて、
もう久しぶりのことでした。
だから、最後にお父さんとみんなで家族団欒できたね〜、なんて言っていたのですが、
とはいえ、父に意識はなかったのですから、
やっぱり、こうなってからじゃ遅かったんだよ・・・という気持ちはどこかでありました。


有田さんの本を読んで、なんだかもやもやの霧が晴れたようです。
その時の父も、体も何も動かないけど、
絶対私たちの団欒風景に参加してたと思います。
わかってたと思います。
わかってるよ〜、って言えなかっただけで。

あの日々は、全然無駄じゃなかったじゃん!!すごい!!





それに、もしかしたら、ジャンみたいに、体は全く動かないけど、
意思疎通できるようになる人もいるかもしれない。
父はかなわなかったけど、そういう風にほ〜んの少しでも回復する人もいるかも。

父が今後、植物状態になるかも、という説明を受けた時、
そんなみじめな目にあわせたくない、と言った親戚。
ドナーカードを振り回し、尊厳死を!と。
いろんな考え方があるから、それを完全に否定はしませんけど、
この本や映画のようなものを知るにつれ、
さらに、完全に心肺が停止するまでは本人は「生きて」いるんだ、
という気持ちが強くなります。



「生きてる」っていろんな形があるんだ!!







「昏睡days」
http://www.kankanbou.com/kankan/item/317
posted by おくさま at 12:18| Comment(4) | TrackBack(0) | 今日のごきげん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
生きてるっていろんな形がある

全く同感です

そういえばちょっと前
アメリカかどっかでコーマから醒めたひとが
意志の伝達をできなかっただけで
すべての会話を聞いていた
看護師同士が彼氏の話をするのも聞いていたと
そんなニュースありましたね
反応がないことが、無だとは限らないのです
いろんなことがあるけど
寝息を聞くだけでもともに居るってことだし

Posted by シュガ at 2010年07月09日 23:06
ですよね!

最近、ぼじのいびきとか寝言とか聞くと、
ああ〜生きてるんだなあ〜と思って、
ぎゅ〜!としてしまいます、
そしていやがられて、あっちに行かれてしまいます(苦笑)
Posted by パスピエ at 2010年07月11日 21:13
そういう理由でわたしはドナーカードやめたョ
そして『ドナーになりませんカード』を持っている。
Posted by しぃぶ at 2010年07月12日 00:35
そうなのよ、人それぞれ考えたかがあるので、
それを押しつけてはいけないよね。

確かに、移植でしか助からない人もいて、
とても望まれていることもわかっているけど、

ドナーカード持ってる=えらい!的な世論はよくない!

Posted by パスピエ at 2010年07月12日 17:29
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