2011年10月29日

ともだちでいるという刑

ここのところ、いじめを取り上げた小説を立て続けに読んで、



大変鬱です・・・






◆「ともだち刑」雨宮処凛

【あらすじ】

ともだちだったはずの「あなた」と「わたし」。
ある瞬間、その関係は支配と被支配に変わる。
地方にある中学校を舞台にくりひろげられる凄惨な現実。
大人になっても消すことのできない痛み。
誰もが経験する人間関係のあやうい緊張を切なく描いた長編小説。
(アマゾンさまより)




新しく友だちになった、ちょっと不良っぽい子。
美人で運動ができる。お勉強はそうでもない?

田舎の純朴な女の子たちの目には、
彼女のその、ちょっとワルい感じが、カッコよく映る。

いわゆる、目立つ子。

部活の先輩や、先生のことを悪く言う。
ちょっとした万引きをして、スリルを楽しむ。

そういういわゆる「悪いこと」をさらりとしてみせる彼女を、魅力的に感じ、
彼女に好意とも憧れとも付かない感情を持つようになる主人公。

おなじバレー部で、初めてペアを組んで、練習をしたとき。
失敗ばかりする主人公に、彼女が舌打ちを・・・
その日から始まる、主人公へのいじめ。









あまりにも、リアルな女子の学校生活。
男子のみなさんにはあまり、ピンと来ないかもしれませんが、
女子というのは、こういう世界に住んでいるのです。





「いじめ」といっても、なにがいじめなのか、判断するのは難しい。


暴力をふるわれている→いじめ
無視をされている→いじめ

じゃあ

あからさまに嫌みを言われる
舌うちをされる
さりげなく会話からはずされる

というのは?

自分だけ誘われない
自分だけがわからない話題で盛り上がられる

というのは?






主人公も、初めは部活での失敗などから、
なにか失敗をすると「○○っちになっちゃった〜」と失敗の代名詞とされる。
あははは〜
笑っていられるレベル。

そのうち、
「なんで失敗するの!やる気あるの!みんなに迷惑かけるなよ!」
怒鳴られる。
ご、ごめん・・・あはは・・・
まだ大丈夫。

それが

失敗する人→迷惑をかける人→怒鳴られて当たり前→悪口を言っていい人→無視していい人

とエスカレートしていく。




自分より劣っている者に対して、上位に立って物を言ってもいい。
そのことでからかって、笑いを取ってもいい。

人気者として目立っている人の行為は、
その集団の正義を作っていくのだ。




これは、けっして中学校に限ったことではなくて、
社会に出ても、よく見られる光景ですよね。

物をはっきり言える人が強い。
謙虚にしていると、「言ってもいい人」になってしまう。

正直に生活しているとバカを見る。
法の裏をかいておいしい目に合っている人は多い。

自分のことしか考えてない人のせいで、ちゃんとしてる人が迷惑する。
スーパーやコンビニの駐車場見たら、一目瞭然。




じゃあ、

言いたいこと言えばいいじゃん。
やりたいようにやればいいじゃん。
人のことなんて気にしないで。


弱肉強食?
ここは野生の王国か?



言いたくても言えない人もいる。
そういう人間になりたくないとも思う。

そうしたら、そういう人たちは、「弱者」ということになり、
ずっと我慢し続けなくてはならない。




お金を持っている、社会的地位が高い、といった人が必ずしも「強者」ではなく、
むしろ
根拠のない自信のあるDQNが一番の「強者」であることが、
本当におそろしい。







少し前に流行った「勝ち組」「負け組」というのも、
近いものがあるような気がする。

勝ち組は上から目線で、負け組に対して勝者の理論を展開していい。
悔しかったらみなさん、私たちみたいになりましょう。
そのためには、というHOW TO本も数多く出版され、

勝ち組=正義

の世の中なのです。




もちろん、立場の違いもあるので、
そりゃー私だって、上から目線になる時もありますけど(笑)






物語の結末は、

大学に入った主人公が、卑屈な友人に対して、
「そんな目をしているから、相手が付けあがるんだ」
「傷つけてもいい人間だと思われてしまうんだ」
と違う立場にもなりつつ、

いつまでも当時の記憶から逃れられずに、
包丁を隠し持ち、彼女の家に向かうところで終わります。





この小説で、私がほええええ〜となったのは、

タイトル。
若い頃は特に、友だちは絶対で、
それが「刑」になるなんて、なんという地獄でしょうか。

なかよくしなくちゃいけないという前提。
うまくやっていきたいのに、うまくいかない、
つらいのに、いや、もしかしてうまくできない自分が悪いんじゃないかという
ジレンマ。


それから、主人公がこれほどまでにつらい思いをしながらも、
彼女に対して、それでも憧れや好意を持っているということです。
それは、私があちら側だったら・・・という気持ちがあるということ。

そして、主人公を追い込んでいったあの彼女も、
実はそれほどの悪人ではないのです。
ちょっと悪い、ヤンチャな子で、他から見たら、けっこういい子だったりして。


すべて紙一重なのです・・・






その前に読んだ「オーダーメイド殺人クラブ」では、
クラスの中は、目立つグループと地味なグループに分かれ、相容れることはなく、
そして地味なオタクな男子グループは「昆虫系」と称されます。

彼氏や彼女がいて、運動神経がいい、目立つグループは、
ヒエラルキーの最上にいて、
彼らの発言に同調しなければ、どちらにも属さない真ん中のグループは、
下に落ちなくてはならなくなります。



大人になった今の視点からだと、いっそもう学校行くの辞めりゃいいじゃん、
とか思ってしまうのですが、

その年代の子どもからすると、学校が世界の中心で、絶対なんだ。
だから、そこから逸脱することはできない。

そりゃー、勝ち組負け組の理論がはびこるわけですよ。






この二冊を読んで、自分のことを考えてみました。
私は、ヒエラルキーで言えば、真ん中の平凡な層でしたが、
今思えば、やはり逸脱できないでいた愚か者でしたね。

美しい思い出もたくさんあり、愛すべき友だちもたくさんですが、
やはりそれなりにドロドロしていたと思います。
思考回路が幼いために、くだらないことが重要に思えて、
最優先事項になってしまっていたんですね。

大人になれば、それがいかにくだらなかったかわかるのに、
どうしたら、当時それに気づくことができたんでしょうね。

ドラえもんに頼んで、タイムマシンに乗れるなら、
当時の自分をひっぱたいてやりたいと思います。




と同時に、現在は、
割と「卑屈な目をして」いて「傷つけてもいい人」と思われがちなので、

あ〜、因果応報ってこういうことかああ〜〜〜
と自己卑下しています。






鬱だ・・・(笑)
posted by おくさま at 11:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日のごきげん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちなみに君は私の中で
ずーっと憧れだよ

おしゃれさん★
Posted by しぃぶ at 2011年10月30日 00:26
だ、誰だ私を泣かすのは・・・
はううううう〜〜〜〜

これなんて刑・・・

Posted by パスピエ at 2011年10月30日 14:12
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