2005年11月28日

死ぬということ

3月に、夫の伯父さんが亡くなった。
6月に、夫のおばあちゃまが亡くなった。
10月に、私のおばあちゃんが亡くなった。

そして、先週、夫の同僚Nさんが亡くなった。
私も知っている人で、まだ37歳だった。
「ひょうきん」が歩いているような人だった。
そんなに親しかったわけではないが、
ひろぴーひろぴー、と声をかけてくれた笑顔を思い出し、
涙があふれた。

今日は、お客様が亡くなられた。
金曜日にお会いしたばかりだった。
寒くなりましたね〜、とお話したばかりだった。

当たり前にいた人が、いなくなる。
二度と会えない。
その事実が、どうしても実感できない。

6年前に50歳で死んだ父も、
いまだに、単身赴任先にいる気がしてならない。
久しぶりに帰ってきた、という夢をよく見る。

おばあちゃんも、Nさんも、病院にまだいるんじゃないのか?

お葬式でも、いっぱい泣いて、思い出してはまた泣いて、
それでも、まだ、死を実感できない。

父の声をもう思い出せなくなっている自分に気づいたとき、
父と、もう二度と会えないことを実感したように思ったが、
そっくりな後姿や、同じ車や、父の勤めていた会社の製品を見ると、
そこに父がいる気がするのだ。
ん?その段階で、もう受け入れているのか?

自分が生きているとかいずれ死ぬとか、
そういうことをじっくり考えたことは、幸か不幸かあんまりない。
ただ、愛する人たちと、少しでも長い時間、一緒に過ごしたい。
そのために、私ができることがあるなら、
できる限りのことをしたい。

みなさん、健康には本当に気をつけてください。


posted by おくさま at 23:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日のごきげん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
身近な人が大勢亡くなったんだね・・・
今年ではないけど、私も従兄弟や叔母や伯父が亡くなった時にどうしても「死」っていうものが受け入れられなかった・・・
自分の親や兄弟だったら余計に受け入れられないと思う。
ずるい考えだけど自分が残されるのは耐えられないので自分の方が早く死にたいと思ってしまう。
でもやっぱり折角の命だから精一杯生きなくちゃね。
Posted by みほまめ at 2005年11月28日 23:52
他にも、昔の同僚が子宮内膜症で手術、入院したりして、
なんか、私まで落ち込んでるのだ。
うー。
Posted by おくさま at 2005年11月29日 00:27
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